自己破産からの再出発~体験記~
借金600万円の自己破産体験記。

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そんなモラルの低い・・・
コメントから消費者問題について大変重要なご意見を頂いたので、掲載いたします。昨日の私の書いた記事→「三○ファイナンス全店業務停止命令66日」に対するご批判ですが、合わせて私の返信の掲載です(少々長いですが。。。)
 考え方は十人十色でありますけど、これを読まれ方それぞれはどう思われるでしょうか?今の多重債務問題についての重要な課題のひとつであろうと思います。



【コメント】
通りすがりさん 4月5日
「そんなモラルの低い」
金貸しからお金を借りてるからには、覚悟の上なんでは?
急な(病気やリストラ等)出費等、きちんと理由のある借金なら、何もそんな所で借りなくても、いくらでも方法はありますよね
自分の無計画や、勉強と云う努力を怠った人間を、真面目にやっている人間の血税で守る必要がどこにあるんですか?
憲法云々は言い訳では?
破産にしても、結果真面目な納税者に莫大な迷惑をかけてる訳だし
自分のだらしなさを他人の責任にする心の象徴が金利の問題では?
%できちんと表示されていれば、誰でも計算出来るんですから
なんで、そんないい加減な人間を、真面目な人間が負担して助ける必要があるんですか?
17条の話しも何もかも、債務者に都合の悪い事に目をつむって、何が被害者なんですか?
どこまで甘えたら、自分の力で生きて行けるんですか?
無計画に借金して、貸した会社の儲けに対する単なるひがみに見えます





【私の返信】

通りすがり さんへ

 まず、本記事で多重債務者に対する責任はまったく否定しておりません。 誤解ではないでしょうか。

 また、真面目な人間がいい加減な(多重債務者)を守り助ける必要があるのかとの意見ですが、その批判の視点については、失礼でありますが社会における経済や国家政策のあり方に対する勉強不足ではないでしょうか(私自身勉強が十分とはいえませんが)。

 これらは歴史的にみても、自由国家から社会権保障の補充が望まれ実現してきた現在においては、当然加味されている視点であります。自由権保障と経済保障の調和に関する問題であり、これらの視点から消費者を保護しないという批判は、なされるべき視点ではないことが周知のところです。

 どれだけの範囲で保障に厚みを与え、または薄くするという意見はあっても、「どこに助ける必要があるのか」というご意見は論外のように見受けられますが。
 あえて言えば自由革命などがあった歴史の直後の話(社会体制)であって、200年ほど前の考え方ではないですか。

 確かにフランス革命後などは社会がそれまでの絶対王政の崩壊から自由国家化し、経済も自由でありました。したがって必然的に多額の借金を抱えた者や、仕事のない者などは自由競争のなかでまったく国家から保障する必要など不要だと考えられていました。

 まさに通りすがりさんのおっしゃる考え方と同類です。自由経済絶対の社会で、真面目な人間がなぜ社会に迷惑をかけるだらしない人間を守らなくてはいけないのか。

 しかし、それは200年前の自由国家の時代の考え方です。その後、そうした自由放任な考え方は、資本主義の高度化にあわせ、貧富の差や経済的弱者に対する矛盾が露呈しはじめ、こうした状況克服のため消費者救済向けて19世紀の自由国家は現在の社会国家へと変貌してきたものです。

 したがって、消費者の救済に対する考えは私の恣意的な考えではなく歴史の示すところです。国会などでも、保護の厚みの加減はあれど、消費者保護の視点を考えることは多くの国会議員やまた国民においても周知のところであろうと思います。

>自分のだらしなさを他人の責任にする心の象徴が金利の問題では?%できちんと表示されていれば、誰でも計算出来るんですから

 といわれますが、本当にそうですか?弁護士や司法書士ですら計算を税理士などに頼むこともあり、その計算は複雑であるとおっしゃっています。%の明示ではなく、その計算の上に成り立つ返済額(計算書)の明示が求められるところであり、それが法で定められ、かつ高金利貸しの業者の多くは%の明示のみで分かりやすく返済額を明示していない点に違法性があり問題視されています。

 また、仮に明示されている貸金業者であっても、他の金融の過剰融資や違法な取立てによる畏怖など様々な要因が複合的に絡み合い多重債務問題を引き起こしている現象があります。

 この問題はとてもデリケートで大切な問題です。
私が自分を棚に上げて通りすがりさんに勉強不足と申し上げるのは大変失礼なことかもしれませんが、お年もわかりませんのであえて申し上げております。

 消費者保護は、弱者保護です。弱者は明日はわが身かもしれないのです。けっして責任減少を申し上げているのではありません。借りた側には責任があります。保護されても責任はあります。反省もしなければいけないのは当然です。でも、命までも引き換えにし(経済苦などによる自殺はおよそ8000人いると言われ交通事故の死者より多いといわれています)てもなお救済が無用とはいえません。、それでもそれらを含め、その経済との調和や調整が社会の中ではとても重要であると言うことです。

ただ、
>どこまで甘えたら、自分の力で生きて行けるんですか?
とのご意見は重要であろうと思います。この問題は消費者救済とは別問題ですが、債務整理などの法的救済制度の中にも、債務者個人の教育や改善のシステムは設けられていません。現在は自身が自己破産などをキッカケとして改心していくしか術がないのが現状ですね。

 欧米などではプチカウンセリングといって、経済的(借金やローン)な相談が気軽にできる窓口が街中に備わり、また金融教育などが小学生高学年くらいからあり、金銭教育や環境がまったく違います。困窮した場合の弁護士へのアクセスも歴然とした違いがあり、社会環境のバックボーンが日本とは大きく異なります。こうした環境ではいつでも修正を試みる機会があります。

 日本は金融環境は欧米などとは根本から違いますね。金融に関する相談窓口というのは日本にも消費者金融をはじめありますが、浸透しておらず日常の利用には乏しい環境です。弁護士や金融教育も同じです。%が分かる分からない以前に、その%が利息制限法違反であることすら多重債務者の9割が知らないとされます。

 なんでも頼って助けてもらえばいいと言うわけではありませんが(主体性、自立性を備えることも大切です)、他方面からの支え合いの環境整備の中で改善・修正・改心する機会が持てることが必要ではないでしょうか。

 最後に、通りすがりさんのいうことももっともな一面であろうと思います。感情的な部分が多いように思いますが、感情や道理を持っていてこそ人間ですから、理屈一辺倒ではいけないようにも思います。。。勉強しなければ分からないことは沢山あります。私も日々勉強させていただいています。

下手な文章で長くなりましたがお許し下さい。
コメントありがとうございました。


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